はじめに
山梨大学 高度デザイン人材育成プログラム Advanced Design Program(以下、山梨大ADP)は、山梨大学・千葉工業大学・NTTデータの共催により、2023年に社会人向けの教育プログラムとして開講し、AIやデザインの理論を学ぶカリキュラムを提供しています。
プログラムの核となるのは「願いのデザイン」という考え方です。ユーザーの困りごとに応えるだけでなく、作り手自身が「この人、地域にどうなってほしいのか」という願いを持ち、それを設計に組み込む。このフレームワークは、デザイナーとしての意志そのものが試される実践でもあります。
2026年2月、C-tableは昨年度に引き続き都留市と山梨大ADPの協働を支援し、地域課題をテーマにした合宿プログラムをコーディネートしました。今年度は、3期目の受講生21名がA〜Eの5チームに分かれ、「ことばでつなぐ都留」「記憶の地層をひらく」「恩返しの循環をデザインする」という3つのテーマに取り組みました。受講生の多くは都内企業に勤務する社会人であり、「願いのデザイン」というAI時代に重要となるコンセプトから都留市の課題を捕え直し、デザインの力で解決策を提案しました。
今年度は事務局が各チームの提案を冊子にまとめ、実際に都留市役所にお渡しする会を新たに設けました。提案を形ある成果物として届けることで、実際の施策につなげる取り組みも行いました。
合宿の概要
2026年2月7日(土)・8日(日)の1泊2日の日程で、都留市にて実施しました。1日目は田原交流センターnicotにてオリエンテーションを行った後、各チームが都留市内でフィールドワークやインタビューを実施。地域の住民や学生、大家さん、インフルエンサー、市議会議員など、さまざまな立場の方々から話を伺いました。
合宿初日は大雪。一面の銀世界となった都留市内を、受講生たちは大学周辺や飲食店へと足を運び、フィールドワークを行いました。足元の悪いコンディションの中でも、まちの空気を肌で感じながら積極的に歩き回る姿には、プログラム3年目ならではの熱量が感じられました。
宿泊は「より道の湯」にて行い、レクリエーションを交えながら受講生同士の交流も深めました。2日目は引き続きフィールドワークを行い、nicotに集合してインタビュー内容のまとめ作業などを行いました。



「願いのデザイン」―作り手の意志が試されるリアルな地域での実践
今年度のデザイン実習の目的は、「AI浸透深化時代におけるデザイナーの役割とは何か」を考えることです。実在する課題への取り組みを通じて、気づきを共有し、考えを深めることを目指しました。
合宿では、千葉工業大学 先進工学部 知能メディア工学科 安藤昌也先生の講義に基づく「願いのデザイン」を実践の軸に据えました。「願いのデザイン」とは、ユーザー中心設計のさらに先にある考え方です。ユーザーの困りごとを解決するだけでなく、「作り手として、この人にどうなってほしいのか」という意志を設計に組み込む。それは同時に、作り手自身の覚悟や価値観が問われるプロセスでもあります。
この「願いのデザイン」のフレームワークは、3つの層で構成されています。
-
解決してあげたいこと(Do/Have)
サービスを通じて、できるようになってほしいこと。 -
願い(現状を越えて)(Become)
気づいてほしいこと、わかってほしいこと。 -
願い(長期視点)(Be)
最終的になってほしい姿。
層が深まるほど、ユーザーの声から直接導けるものではなくなります。「Be」の層、すなわち最終的にどうなってほしいかは、作り手自身が「こうあってほしい」という意志を持たなければ描けません。ここにこそ、作り手が試される本質があります。
単なる課題解決策ではなく、地域の人々の想いやニーズを汲み取り、そのうえで「作り手(デザイナー)としての願い」を取り入れた提案を行うこと。受講生たちは、フィールドワークやインタビューを通じて得た現場の声をもとに、都留市の本質を探り、それぞれのデザイン解を導き出しました。


デザイン実習発表会:3つのテーマと提案の概要
合宿後約1週間の準備期間を経て、デザイン実習発表会が開催されました。各チームは、合宿で得た知見やインタビューの気づきをもとに、「願いのデザイン」フレームワークに沿った提案をまとめました。
テーマ1:ことばでつなぐ都留(A・Bチーム)
都留市の次期総合計画策定に伴うキャッチコピー変更を見据え、まちの本質を「ことば」で表現する提案です。
AチームとBチームがそれぞれ異なるアプローチで都留市のアイデンティティを探り、インタビューやフィールドリサーチから導き出した「教育」「自然」「歴史」「人柄」といった都留市の本質を言葉に込めました。各チームはキャッチコピーの提案に加え、その言葉に込めた意味やデザインプロセス、活用の可能性まで含めた包括的な提案を行いました。


テーマ2:記憶の地層をひらく(Cチーム)
Cチームは、ミュージアム都留と商家資料館の来訪体験をデザインし、歴史の継承と地域住民の関わりを促す提案を行いました。
各施設のコンセプト策定から、具体的なパネル展示デザイン、案内チラシ、印刷見積までを作成し、すぐにでも実用できる完成度の高さが大きな反響を呼びました。
作り手が持つ「都留の文化資源を通じて、地域住民が歴史の継承だけでなく未来の知恵として活用できる姿へ」という願いが込められています。


テーマ3:恩返しの循環をデザインする(D・Eチーム)
都留文科大学の卒業生と都留市の関係を「卒業したら終わり」ではなく、継続的なつながりに変えていく提案群です。
DチームとEチームはそれぞれ異なるアプローチで、学生・卒業生・地域住民をつなぐプラットフォームやアプリの提案を行いました。「4年間で卒業する街から、一生をかけて共につくる街へ」というビジョンのもと、それぞれの提案が行われました。



発表会でのコメント
発表会後、都留市役所の企画課長である廣瀬さま、都留市教育委員会でミュージアム都留担当の知念さまからコメントをいただき、そしてC-table本田からも都留市の事業者、合宿コーディネーターの視点でコメントさせていただきました。
廣瀬さまからは、「25年間行政に携わる中で、初めてこのような提案をいただいた。新鮮なアイデアばかりで、次期総合計画策定に向けて非常に参考になる」とのお言葉をいただきました。
知念さまからは、特にCチームの提案に対して高い評価をいただきました。
C-tableからは、地方のリソース不足という現状を共有した上で、外部の視点を取り入れた場づくりの重要性と、発表後も継続できる「デザイン」、すなわち提案を施策につなげるプロセスの必要性を強調しました。

成果物冊子の制作と都留市への贈呈
今年度は新たな取り組みとして、事務局が各チームの提案内容を冊子として制作し、都留市にプレゼントしました。
後日、冊子をお読みいただいた廣瀬さま、知念さま、そしてデジタル推進担当の森嶋さまから、改めて各テーマの成果物に対して率直なご感想・ご意見をいただきました。


「ことばでつなぐ都留」への反応
廣瀬さまからは、提案されたキャッチコピーに対して非常に前向きな反応をいただきました。
特に「学びが巡る やさしい都 みんなでつむぐ 明日のつる」について、「そのまま使いたいくらい」との声がありました。
ちょうど次期長期総合計画のワーキンググループでキャッチコピーの議論が始まったタイミングであり、「職員内だとどうしてもどこかで見たことがある言葉になってしまうが、今回はそれぞれの言葉に込めた意味が深く整理されていて非常にわかりやすい」と評価いただきました。
また「つむぐ」という言葉について、都留市は古くから織物のまちであり、「つむぐ」という言葉の響きが良いだけでなく、その裏に織物文化や伝統産業のルーツが内包されている点が良いとのご意見もありました。
今後、キャッチコピーを決めていく過程で、今回の提案を市民ワーキンググループに提示して活用したいとの意向が示されました。
「記憶の地層をひらく」への反応
知念さまからは、Cチームの提案に対して特に高い評価をいただきました。
商家資料館は、これまで「壊すか残すか」という議論が中心で、「どう活かすか」という視点での議論が十分になされていなかったとのことです。今回のコンセプト提案は、その転換点となり得るものとして歓迎されました。
具体的には、パネル展示のビフォー・アフターのビジュアル提案、施設のストーリー設定、そして名称変更の提案などが反響を呼びました。
「名称変更という発想自体がなかった」との声もあり、文化財審議会では声が上がっていたものの、具体的な方向性が定まっていなかったとのことです。今回の提案をたたき台に、来年度以降の文化財審議会での議論にも活用したいとの意向が示されました。
また、施設間の連携についても議論が行われ、これまで各施設が独立して存在しており、「連携させるという概念自体がなかった」との率直なお話もありました。
教育サイドと観光サイドの縦割りによる課題も共有され、外部の視点からの整理が有効であることを改めて実感したとのことでした。
さらに、商家資料館を写真撮影スポットや貸しスペースとして活用するアイデアや、近隣の和菓子店と連携する可能性など、具体的な活用のアイデアも広がりました。

「恩返しの循環をデザインする」への反応
関係人口のテーマについては、現実的な課題が多く共有されました。
廣瀬さまからは、「このテーマが3つの中で最も難しい」との率直な感想がありました。「そもそも誰が本当にこれを求めているのか」という根本的な問いが投げかけられ、関係人口という概念自体の難しさが浮き彫りになりました。
この問いかけは、「願いのデザイン」の本質に通じるものでした。ユーザーや地域から明確なニーズが見えてこないとき、それでもなお「自分はこの人たちにこうなってほしい」と言えるかどうか。作り手の願い、すなわち意志が最も試される局面がここにあります。
一方で、Eチームの創作ストーリーを演じる形式の発表については、「資料を読んだ時点では実現可能性に疑問もあったが、寸劇でのプレゼンを見たことで印象が大きく変わった」との反応がありました。伝え方の工夫が提案の印象を大きく左右するという気づきが共有されました。
また、都留文科大学の卒業生が市役所に就職するケースも一定数あることや、「仕事があれば残る人はいる。仕事との接点が作れないことが一番の課題」という現実的な視点も共有されました。
今後、このテーマに取り組む際は、「誰のどんなニーズ、課題なのか」をより深く探ることで、より地に足のついた提案が可能になるのではないかという示唆もいただきました。
今後への期待
冊子をお渡しした際、「作って終わりではなく、その後の経過もモニタリングしていただけたら嬉しい」という声をいただきました。
提案が単なる学びの成果で終わるのではなく、実際の施策に反映され、その効果が検証されるまでを含めた「発表後の願いのデザイン」の重要性が共有されました。
また、山梨大ADPの受講生だけでなく、都留市の行政職員もこのようなデザイン思考の講座に参加してみたいという声も挙がり、地域とプログラムのさらなる連携の可能性が感じられました。

提案のその先へ ― 「発表後のデザイン」という新たな一歩
昨年度の合宿では、発表会をもってプログラムの区切りとしていました。しかし今年度は、その先に大きな変化が生まれています。
キャッチコピーのテーマでは、受講生が提案した言葉が次期長期総合計画のワーキンググループに提示され、市民を交えた議論の素材として実際に活用される見通しです。
商家資料館については、これまで「壊すか残すか」に留まっていた議論が「どう活かすか」へと転換し、コンセプト提案や名称変更案が文化財審議会での検討材料として引き継がれることになりました。受講生の提案が、行政の具体的な意思決定プロセスに組み込まれつつあるのです。
この変化を支えたのが、事務局が各チームの提案を冊子にまとめ、都留市に届けるという今年度の新たな取り組みでした。
発表の場で終わらせず、形に残し、届け、読んでいただき、反応をいただく。この一連のプロセス自体も「発表後のデザイン」であり、3期目を迎えた本プログラムの大きな進化といえます。
「願いのデザイン」は、提案の中だけで完結するものではありません。提案を届け、反応を受け取り、さまざまな制約条件を踏まえて実現につなげていく試行錯誤のプロセスの中にこそ、デザイナーの意志が試され続けます。
C-tableは、引き続き都留市や関係者の皆様とともに、AI時代に「願い」という長期的に関わる意志を持ったデザイナーが地域を共に変革していく可能性を探っていきます。
