文庫本25冊分の会話が、毎年消えている
営業担当が1日30分、お客様と電話で話すとします。
特別に多い数字ではありません。むしろ控えめなほうかもしれません。
これを年間の営業日240日で積み上げると、120時間になります。
人が自然に話す速度は、1分あたりおよそ350字。
放送原稿は1分300字で書くのが基準ですから、会話ならもう少し速い。
120時間を文字数に換算すると、約250万字です。
文庫本1冊がおよそ10万字ですから、25冊分。
営業担当がひとり、毎年、文庫本25冊を口述している。 そう考えると、それなりの分量です。
ではこの250万字のうち、会社に残っているのは何字でしょうか。
仮に日報にこの電話の内容を100文字書いたとして、年間2万4千字。
250万字に対して、およそ1%です。
99%は、話した瞬間に消えています。
消えているのは、営業の言葉ではない
ここで大事なのは、消えている250万字の内訳です。
電話は対話ですから、半分は営業担当が話し、半分はお客様が話しています。
年間125万字は、お客様が発した言葉です。
「実は前に別の会社に頼んで、うまくいかなくて」
「来期、工場を一つ増やす話が出ているんですよ」
「うちの部長がそういうのに慎重な人でしてね」
こういう言葉の99%が日報には書かれていないとすると。
引き継ぎ資料に、書けなかったこと
ベテランの営業担当が辞めるとき、引き継ぎ資料を作ってもらいます。
顧客名、担当者名、電話番号、案件の進捗、次のアクション。
丁寧な人なら、キーパーソンの性格まで一言添えてくれるかもしれません。
それでも、後任は必ずこう言います。「聞いていた話と違う」と。
書けなかったのではありません。書く対象として認識されていなかったのです。
5年勤めた営業担当なら、お客様の言葉だけで125万字×5=625万字。
その中から、退職前の数時間で選べるはずがない。だから引き継ぎは、いつも表面だけをなぞって終わります。
そして半年後、後任が同じお客様から同じ心配を打ち明けられ、ゼロから信頼を作り直すことになります。
これは個人の怠慢ではなく、構造の問題です。人間の記憶を引き継ぎの単位にしている限り、何度でも起きます。
記録することと、蓄積することは違う
「うちは通話を録音しています」という会社もあります。
けれど、録音は蓄積ではありません。120時間の音声ファイルの中から
「あのお客様が3ヶ月前に漏らした、工場を増やすという話」を探し出せるでしょうか。
探せないなら、それは保存されているだけで、存在していないのと同じです。
蓄積とは、後から取り出せる状態のことを言います。検索できて、比較できて、意味を取り出せる。
その形になって初めて、情報は資産になります。
音声のままでは資産になりません。顧客情報として管理されて初めて、資産の入り口に立ちます。
電話の文字起こしを、顧客管理につなぐ
ある会社さまで、「電話録音・文字起こし」と「顧客管理システム(CRM)」の連携を行いました。
捨てられていたお客様の125万字を、会社に残すための仕組みです。
営業担当がやることは、ひとつだけです。
いつも通り、電話をする。
それだけです。日報を書き直す必要も、CRMに転記する必要もありません。
話した内容は自動的にテキストになり、整形されてお客様の記録として蓄積されていきます。
現場の仕事を増やさずに、会社の資産だけが増える。
1年後に何が起きるか
導入から1年経つと、営業担当ひとりあたり250万字の記録が溜まっています。
そこに新しい営業担当が入ってきたとします。
「この業界のお客様は、最初に何を心配するのか」
この問いに、先輩の記憶ではなく、1年分の実際の会話が答えます。誰かが要約した一般論ではなく、御社のお客様が、御社に向かって、実際に発した言葉が。
これは買えません。世の中のどのAIにも書けません。御社のお客様の言葉だからです。
営業ノウハウの本は、書店に何千冊も並んでいます。
けれど、御社のお客様が何を恐れ、何に安心し、取引をしていただいているのか。
それが書かれた本は、この世に一冊もありません。
それを毎年25冊分ずつ、手放してきたことになります。
まず1週間、やってみてください
可能であれば1週間だけでも、電話の録音と文字起こしをしてみてください。
1週間は、30分×5日で2時間半。文字にして約5万字、文庫本にして半冊分です。膨大とは言えません。
けれど、その半冊を読んだとき、社長はきっとこう思うはずです。
「うちの顧客と営業は、こんな話をしていたのか」
半冊でそう思えるなら、1年分の25冊には何が書かれているでしょうか。
5年勤めた担当者の頭の中には、何冊分が積まれているでしょうか。
数えてみる価値のある問いだと、私たちは思っています。