「専門知識を持つ人が採れない」。多くの経営者にとって、これは長年の悩みではないでしょうか。会計の知識、法務の知識、システムの知識。知識はいつも「人」に宿っていて、その人を雇えなければ、手に入らないものでした。
この前提が、いま崩れつつあります。人材に紐づいていた「知識」が、AIによって誰でも使える当たり前のもの=コモディティになっていく。企業の競争環境を根本から塗り替えかねない、大きな変化です。この変化を描いた論考が、2026年3月に発表されました。米国の著名な投資会社、セコイア・キャピタルによる「Services: The New Software(サービスこそ、新しいソフトウェアである)」です。その書き出しは、こう始まります。
The next $1T company will be a software company masquerading as a services firm.
(次の1兆ドル企業は、サービス会社の姿をしたソフトウェア会社になるだろう)`
本コラムでは、この論考を手がかりに「知識のコモディティ化」が経営に何をもたらすのかを考えます。
ソフトウェアの6倍。「サービス」に払われてきたお金
論考には、象徴的な数字が登場します。
「ソフトウェアに1ドル使われるたび、サービスには6ドルが使われている」。
会計、法務、保険、採用、システムの運用保守。企業が外部の専門家に支払っている費用は、ソフトウェアへの支出よりはるかに大きいのです。そしてその費用の正体は、突き詰めれば「専門知識を持つ人の時間」への対価でした。
いま起きているのは、その構図の書き換えです。AIが知識そのものを担うようになれば、企業がお金を払う対象は「人の時間」ではなく、AIが生み出した成果そのもの、それは例えば完成した書類、処理の終わった請求、絞り込まれた採用候補者などに移っていきます。ツールへの投資から、成果への投資へ。ここに次の巨大市場がある、というのが論考の見立てです。
AIが担う「知識処理」と、人に残る「判断」
では、AIはどこまで仕事を担えるのでしょうか。論考は、仕事をふたつの要素に分けて考えます。「知識処理」と「判断」です。
書類をつくる。データを照合する。規定に沿って下書きを整える。経理の月次処理や、契約書のひな形チェックを思い浮かべてもよいでしょう。こうしたルールに沿って知識を処理する仕事は、すでにAIが人間の速さと正確さを上回りつつあります。
一方で、「そもそも何をすべきか」「この顧客とどう向き合うか」といった判断は、経験と責任に根ざした、当面は人間の仕事として残ります。
しかし、ここで注意したいことがあります。「複雑さ」と「判断」は、別物だということです。
論考が挙げる例のひとつが、米国の医療事務です。診療の内容を約7万種類もの標準コードに変換していく作業は、専門家でなければ手に負えないほど複雑です。しかしその中身は、ルールに沿った知識処理にほかなりません。
いくら複雑でも、ルールはルール。一方で、判断はルールではない。
「うちの仕事は複雑だから、AIには無理だ」。そう感じるとき、私たちはこのふたつを混同しているのかもしれません。どれほど複雑に見えても、ルール化できる仕事はAIに移していける。コモディティ化していくのは、まさにこの部分です。
論考は
"Today's judgement will become tomorrow's intelligence."
(今日の判断は、明日の知識処理になる)
とも述べています。AIが各分野で「よい判断とは何か」を学ぶにつれ、判断とされていた仕事の一部も、いずれルール側に取り込まれていく。境界線は、人の側からAIの側へと動き続けるのです。
道具を売るか、成果を売るか
論考にはもうひとつ、大事な対比が出てきます。「コパイロット(副操縦士)」と「オートパイロット(自動操縦)」です。
コパイロットは、専門家の隣でAIが手伝うかたち。つまり「道具を売る」ビジネスです。オートパイロットは、AIが仕事そのものをやり遂げ、顧客は完成した成果だけを受け取るかたち。つまり「成果を売る」ビジネスです。
タクシーに例えるなら、運転支援装置を売るのか、それとも「目的地に着くこと」そのものを売るのか。その違いです。
セコイアは、道具を売るビジネスの弱点を一言でこう表現しています。
If you sell the tool, you're in a race against the model.
(ツールを売るなら、AIそのものの進化と競争することになる)
AIが賢くなればなるほど、単なる補助ツールの出番は減っていきます。2026年は「成果を売る」会社への転換が本格化する。論考はそう予測しています。
人手不足だからこそ、追い風になる
この流れが最初に大きく表れるのは、どんな業種でしょうか。論考は、保険仲介、会計・監査、医療事務、税務、法務、採用・人材、中小企業向けのIT運用サービスを挙げています。共通点はふたつ。ルールに沿った知識処理の割合が高いこと、そして深刻な人手不足です。米国では、公認会計士の75%が退職を間近に控えているといいます。
働き手の減少が続く日本では、この事情は米国以上に切実です。しかし見方を変えれば、だからこそAIの恩恵も大きい。人が足りないなら、ルール化できる業務はどんどんAIに移していけばよい。人手不足は、AIシフトを進める最大の理由になり得るのです。
ボトルネックが外れるとき、競争のルールが変わる
ここからは、論考を踏まえた私なりの整理です。人材に紐づいた知識というボトルネックが外れると、何が起こるでしょうか。三つのことが考えられます。
第一に、サービスを「買う側」の常識が変わります。会計、法務、採用、システム保守といった外部委託は、今後「人の働いた時間」ではなく「成果」で値段がつくようになり、より速く、より安く手に入る可能性があります。外注費の前提が変わるということです。
第二に、自社の中の仕事にも同じことが言えます。社内の業務のうち知識処理にあたる部分は、会社の規模を問わず、AIに任せられる余地があります。「人が採れないから事業を広げられない」という制約は、その一部がすでに制約ではなくなりつつあります。
第三に、サービスを「売る側」にとっては、競争のルールそのものが変わります。同業他社がAIを組み込んで「成果」で勝負を始めたとき、人の時間で値付けする商売は、価格でも速さでも後れを取りかねません。逆に先んじることができれば、少人数の会社が大手と互角に戦う道も開けます。
大事なのは、この変化は必ず訪れる不可逆なものだということです。
先を読み積極的に波に乗ること。同時に、自社の産業、商売のどこが揺らぎ得るのかを見極め、備えること。経営者には、その両方が求められます。
最後に残るのは、人という存在そのもの
「サービス会社の姿をしたソフトウェア会社」。
それは言い換えれば、知識処理をAIに任せ、成果を顧客に売る会社のことです。次の時代の主役は、そういう会社だとセコイアは言っているのです。
知識がコモディティになった世界では、知識を持っていること自体は、もう強みではなくなります。残るのは「判断」であり、その判断のよりどころは、突き詰めれば、自分たちの価値観です。何を大切にする会社なのか。誰に、どんな成果を届ける会社なのか。AIがルールの領域を担ってくれるからこそ、この問いの重みが増していきます。
知識処理も判断も、突き詰めれば情報の世界の話です。しかし、企業の営みは、情報だけでは完結しません。その答えは、人という存在そのものの意味ではないかと私は考えています。相手に貢献したいと思い、考え、実際に動き、伝える。AIがどれほど賢くなっても、誰かのために在ろうとする心は代わることができません。それはこれまでの経営でもずっと大切にされてきたことです。
まずは、自社の仕事を「知識処理」と「判断」に仕分けてみる。そして、自分たちはどんな成果を、どんな思いで届ける企業なのかを、あらためて考え話し合ってみる。それが、AI時代の経営の出発点になるのではないでしょうか。
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※本コラムは、Sequoia Capital のジュリアン・ベック(Julien Bek)氏による論考 "Services: The New Software"(2026年3月公開)をもとに、当社が要約・翻訳のうえ解説したものです。市場規模などの数字は、いずれも原文記事に基づく米国市場・記事公開時点のものです。