経営「AIでラクして早く帰って」→社員「帰らない」 工数最大9割減のDeNAも悩むAI効率化の壁
ITmedia NEWSが紹介したDeNA社の事例が、とても興味深いものでした。
AIによって、規約チェックの工数を9割、配信審査を6割削減した。これだけ聞けば、大幅な生産性向上です。ところが、そこで生まれた時間を新規事業へ振り向けようとしても、そう簡単には進まない。資料をもう少し丁寧につくる。レビューの精度を上げる。1on1を増やす。空いた時間に、また別の仕事が入っていきます。
一つひとつの作業は、確実に速くなっている。それなのに、なぜ私たちは相変わらず忙しいのでしょうか。
現場だけでは、仕事を手放せない
空いた時間に仕事を入れてしまうのは、決して悪いことではありません。真面目に仕事に向き合っているからこそ、「もっと良くできないか」「今まで手が回らなかったことをやろう」と考える。自然なことです。ただ、もう一つ大きな問題があると思います。
現場の担当者には、自分の仕事をなくす決定権がない。 ということです。
何年も続けてきた仕事を、「AIでできるようになったので、今日からやめます」と自分で決めるのは簡単ではありません。
- 本当にやめても大丈夫なのか。
- 問題が起きたら誰が責任を取るのか。
- そして、自分の役割はこれからどうなるのか。
だから、空いた時間は既存業務の中へ戻っていきやすい。これは現場の意識の問題というより、仕事をやめる意思決定を誰が引き受けるのか、という組織の問題なのだと思います。
生まれた時間の行き先を決めるところまでが、経営
「AIで効率化して、空いた時間で新しいことに挑戦してほしい」
とても前向きな言葉です。でも、これだけでは時間の使い方を現場に委ねることになります。AIは時間を生み出します。しかし、その時間を何に使うのかまで、AIは決めてくれません。
DeNA社が興味深いのは、一つひとつの仕事を現場任せで調整するのではなく、人を先に新しい領域へ動かそうとしていること です。何に人を振り向けるのかを経営が決め、現業の調整も経営が引き受ける。
その挑戦が成功するかどうかは、まだ分かりません。でも、正解が分からない中で、ヒト・モノ・カネ・情報をどこに集め、何に使うのかを決める。それこそが経営の仕事なのだと思います。
従業員の時間は、貯めておけない
会社は、ヒト・モノ・カネ・情報といった経営資源を使って事業をしています。その中でも、従業員の時間は、とても大切な経営資源の一つです。ただ、時間には、現金や設備、情報とは大きく違う特徴があります。
時間は貯めておくことができません。
今日生まれた3時間を、来月に繰り越すことはできない。使い道を決めなければ、その時間は日々の仕事の中へ流れ込み、その日のうちに消えていきます。
「Time is Money」という言葉があります。でも、会社経営において、時間はお金とは少し違います。お金は貯められる。設備は保有できる。情報は蓄積できる。でも、時間は流れ続けます。
Time is a Flow Asset.
時間は、保有しておける資産というより、常に流れ続ける経営資源です。
だから、「AIによって年間500時間削減できました」だけでは、本当は十分ではありません。その500時間は、どこかに貯まっているわけではないからです。大切なのは、その500時間を、何に使う会社になるのか。 なのだと思います。
中小企業で浮くのは「時間の断片」
大企業なら、効率化した結果、人をまるごと新規事業へ移すこともできます。しかし地方の数人から数十人の会社では、そうはいきません。浮くのは「一人」ではなく、営業のAさんの週4時間、事務のBさんの週8時間、社長自身の週4時間という、時間の断片です。
人手不足が続く中で、AIによる効率化は「少ない人数で同じ仕事を回す」話になりがちです。もちろん、それは必要です。しかし人が減った分を、残った人がAIを使ってさらに頑張る。それでは結局、仕事を詰め込むだけになってしまいます。
- 毎週浮く3時間を、お客様の困りごとを聞きに行く時間にする。
- 経験のある人が、次の世代へ技術を伝える時間にする。
- 手をつけられなかった、新しい商品を考える。
- あるいは、少し早く帰れるような「新しい働き方」を創る。
どれが正解ということではありません。大切なのは、何となく元の仕事に吸収させないことです。
「どの仕事なら、もうやめてもいいだろう」
「本当は、どんなことにもっと時間を使いたかっただろう」
小さな会社なら、経営者と現場がそうやって一緒に話せます。その距離の近さは、小さな組織の強みだと思います。AIは、人を減らすためだけの道具ではありません。限られた人の時間という経営資源を、本当に使いたかったところへ戻すための道具にもできるはずです。
問われているのは、時間をどう使う会社なのか
ここまで書いておきながら、私たち自身も、これができているわけではありません。当社でもAIは日常的に使っています。以前より明らかに速くなった仕事はたくさんあります。
それでも「生まれた時間を、何に使えているのか」と聞かれると、明確に答えられないことがあります。気づけば、その時間にまた別の仕事を入れている。AIで仕事は速くなったのに、相変わらず忙しい。
- 何をやめるのか。
- そこで生まれた時間を、何に使うのか。
- そして、その時間を使って、どんな会社になりたいのか。
私たち自身も、答えを探しながら試行錯誤で取り組んでいます。このようなコラムを書き、発信し、私たちの考え方を知っていただくこともまた、生まれた時間の使い方の1つです。
AI活用というと、どうしても「何時間削減できたか」「何人分を自動化できたか」という話になりがちです。でも、本当に問われているのは、その先なのかもしれません。
そこで生まれた「時間」という経営資源は、貯めておくことができません。
何となく日常に流してしまうのか。それとも、意志を持って次の何かに振り向けるのか。そこには、その会社が何を大切にしているのかが表れます。
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田邉 耕平(たなべ こうへい)
C-table株式会社 代表取締役
山梨県都留市出身。ソニーグループ、Webコンサルティング企業、エムスリーでデジタルマーケティングとプラットフォーム開発に携わる。2016年に都留へUターンし、2017年にC-tableを設立。地方の中小企業や自治体のAI導入・システム開発を、現場との対話から支援している。一般社団法人まちのtoolbox 理事。