分からない、という言葉

「社長が何を考えているのか、分からない」

そう言われたのは、会社を立ち上げて数年が経った頃だった。

2017年、私は生まれ育った山梨県都留市で、小さな会社を始めた。社員が増え、取引が増えるにつれ、売上を立て、給料を払い続けることに必死になった。一生懸命に働いているつもりだった。

だが、その一生懸命は、誰にも見えていなかった。

考えていることを社内に共有せず、説明が足りないまま仕事を任せる。今思えば無茶ぶりだった。チームに不信感が生まれ、不満の声が聞こえるようになった。

「自分なりに頑張っているのに、なぜ分かってもらえないのか。」

最初はそう思い、苦しんだ。

不満の裏側にあったもの

ある時、ふと気づいた。私が「不満」だと受け取っていた言葉は、裏返すとまったく違う意味を持っていた。

「もっと早く共有してくれれば、もっと良いものができるのに」
「もっと早く相談してくれれば、力になれるのに」

それは文句ではなく、この会社の力になりたいという声だった。「◯◯がない」という言葉には「◯◯があって欲しい」という願いが背景にある。私は、自分に向けられた期待を、文句として聞いていただけだった。

それから、できる限り情報を開示するようにした。何を考えているのか、今どういう状況なのか、なぜそう判断したのか、いま何に困っているのか。元来、言葉にするのが得意ではなかった。時間もかかった。

そして、生成AIが仕事に入ってきた。すべての打ち合わせを文字起こしして議事録を作り、Slackで全社に共有されるようになった。プロジェクトの状況も共有されるようになった。情報がオープンになった結果、全員の文脈が揃うようになった。そして資料のたたき台作成など、ひとりで抱え込みがちな作業をAIで圧縮し、浮いた時間を「共有し、対話すること」に使うようになった。

情報を共有することが、助け合えるチームをつくる。私はそれを、理屈より先に体で知った。

システムは、何のためにあったのか

私たちの会社は、もともとシステム開発を仕事にしてきた。だからこの実感は、自社の中だけにとどまらなかった。

そもそも、業務システムは何のためにあったのか。

答えは、生産性だ。人が手で書き、計算し、転記し動かしていた仕事をコンピュータに置き換える。誰がやっても同じアウトプットを出せる。その根底には「分業」という思想がある。業務を細かく分解し、そこにシステムを入れ、人を当てはめる。一人ひとりが持ち場を正確にこなせば、全体最適が生まれるという設計思想だ。

分業の効率を説いたのは、250年前(1776年)の『国富論』でピン工場を例に挙げたアダム・スミスだ。だが同じ著書の中で、スミス自身がこう警告している。単純作業を繰り返すだけの人間は、工夫する機会を奪われ、考える力を失っていく、と。分業の父は、その影の部分を最初から見抜いていた。

ボトルネックが、入れ替わった

時代は変わった。クラウドが前提になり、生成AIが当たり前になった今、かつて人の手を縛っていた入力や集計は、もはや会社のボトルネックではない。

では今、何が会社の足を引っ張っているのか。

私は、皮肉なことに、かつて生産性のために作られた「システムそのもの」だと考えている。

私たちがお付き合いしているのは、年商数億円から数十億円ほどの地方の会社が多い。そうした会社には、たいてい業務システムがすでに入っている。ベンダーが導入したパッケージ。あるいは、Accessで作った販売管理や受注管理。

どれも、導入した当時は正しかった。その頃の業務フローに合わせて、きちんと作られている。問題は、その 「当時の業務フロー」が、システムの中に固定されてしまっていることだ。

また、こうした会社には、社内にITの専門部署がないことが多い。だから、ベンダーや外注先が作ったものを「正しいもの」として、そのまま使い続けるしかない。時代が変わり、お客様が変わり、商品が変わり、働く人が変わっても、システムは変わらない。変えるには作った会社に頼むしかなく、費用も時間もかかる。結果として、人の方がシステムに合わせて働くことになる。そしてシステムの外側には、属人化したExcelや紙がどんどん継ぎ足されていく。

お客様の状況が見えない。隣の人が何に困っているのか分からない。同僚を手伝いたくても、前後の文脈が分からないから手を出せない。

かつて人を楽にするはずだったシステムが、いまや業務を変えることも、人と人が協力することも妨げる壁になっている。ボトルネックは「作業の手間」から 「過去の業務フローに固定されたシステム」 へと入れ替わった。

働く人に協力し合う力がなくなったのではない。古い仕組みの中に閉じ込められているのだ。その力を解き放つのに、システムをクラウドに入れ替えるだけでは足りない。古い業務フローを新しい道具で作り直せば、壁が新しくなるだけだ。問われているのは、システムをモダンにすることだけではない。人が力を発揮できるようにするための手段として、システムをどう動的に活用するかだ。

使われなかったシステム

これは、私たち自身の失敗から学んだことでもある。

以前、古いパッケージシステムを最新のクラウドシステムに刷新するプロジェクトを担当した。要件定義を重ね、仕様通りに開発し納品した。技術的には成功だった。だが、現場ではほとんど使われなかった。私たちはDXという名のもとに、古い分業の仕組みを新しい道具で作り直しただけだったのだ。

一方で、劇的にうまくいった会社もある。

そこでは最初から作り込まず、小さく作っては現場の人に触ってもらい、「ここがこう動くと助かる」という対話を重ねて直していった。

すると、現場から「次はこう改善したい」という声が自発的に上がるようになった。予算の都合で、すべてを実装できるわけではない。それでもその会社の社長は、社員に向かって言い続けている。良くできることがあったら、どんどん言ってほしい、と。

変わったのは、システムの機能ではない。現場の人が「押し付けられた仕組みを使う人」から、「自分たちの手で会社を良くしていく当事者」に変わったことだ。情報が共有され、文脈がつながることで、人は初めて力を発揮できる。

人が増えない地域で

モノやカネと違い、人が生み出す価値はあらかじめ決まっていない。置かれた環境や関係性によって、その力は何倍にも膨らみ、逆に静かにしぼんでいくこともある。多くの人は本来、孤立して決められた作業をこなしたいわけではないと思う。良い関係性の中で、仲間の力になりながら働きたいはずだ。

では、人の力をポジティブに引き出すものは何か。

よく「ビジョン」の重要性が語られる。それは確かに欠かせない。だが、どれほど素晴らしいビジョンを掲げても、日々の「情報」が届いていなければ、人は動けない。隣の人がいま何に困っているのか、顧客の現場で何が起きているのかという文脈が見えなければ、助け合いたくても手を出せないからだ。

ビジョンという旗印と、現場の生きた情報共有。その両輪が揃って初めて、人は「自分の力が生きている」と実感し、言われた以上の力を発揮できる。

これは、人口が減少していく地方の会社にとって、とりわけ切実な問題だ。

私たちの地域では、人はもう簡単には増えない。仕事を細かく分け、それぞれの持ち場に人を閉じ込めてしまえば、組織の力はあっという間に枯渇する。人が少ないからこそ、一人ひとりの力をどう生かすかが会社の行く末を左右する。そして、その力をいちばん大きく引き出すのは、人が互いに文脈を共有し協力し合えている状態だ。

互いに助け合うことは、人間がもともと持っている根源的な力だ。

どれほど技術が進んでも、それを使って何を目指すかを決めるのは人だ。私はテクノロジーを、人と人がもう一度助け合えるようにするために使いたい。一人ではできないことをみんなでやるために、会社があるのだから。

協力し合う力を、もう一度解き放つ

Not a system, but a team. システムではなく、チームを。

それが、C-tableが同じ地域の組織と一緒に実現したいことだ。システムをつくらない、という意味ではない。私たちは今もシステムをつくるし、AIも入れる。ただ、主役を入れ替える。システムを中心に人を配置するのではなく、助け合えるチームを中心に、システムを置き直す。

私たちがしたいのは、新しいシステムをつくることそのものではない。古いシステムの中に閉じ込められた人の協力し合う力を、もう一度解き放つことだ。

人がやらなくてもいい作業は、AIや仕組みに任せればいい。そうして生まれた余白で、「お客様のために何ができるか」「どうすればもっと助け合えるか」を対話する。その時間を取り戻すことこそが、私たちの仕事だ。

そうした会社はきっと、次の世代にとっても魅力的な会社になる。そういう会社が地域に増えていけば、未来は明るい。

もう一度、あの言葉に戻る。

「社長が何を考えているのか、分からない」

いま振り返ると、あの言葉は私にとって、もっとも大切な原点だった。

もちろん当社も、まったく完璧ではない。伝えたつもりで伝わっていないことは今もある。それでも、あの言葉の奥にあった「力になりたい」という仲間の善意を、私は信じている。どの会社の現場にも、きっと同じ声がある。システムの壁の向こう側で、届かないまま埋もれかけている声が。

助け合う力、工夫する力を、テクノロジーを使って、もう一度解き放ちたい。

Not a system, but a team. 私たちがつくりたいのは、システムではなく、チームだ。

--
田邉 耕平(たなべ こうへい)
C-table株式会社 代表取締役

山梨県都留市出身。ソニーグループ、Webコンサルティング企業、エムスリーでデジタルマーケティングとプラットフォーム開発に携わる。2016年に都留へUターンし、2017年にC-tableを設立。地方の中小企業や自治体に、AI導入・システム開発を通じた業務や事業変化を伴走支援している。一般社団法人まちのtoolbox 理事。