AIを使うと、仕事は確かに速くなります。文章の作成、資料の要約、調べもの、データ分析、プログラムの記述。以前なら数時間もかかっていた作業が、数分で終わることも珍しくなくなりました。

パーソル総合研究所の調査でも、生成AIを活用したタスクの所要時間は平均16.7%短縮されたと報告されています。しかしその一方で、業務時間そのものが減った人は利用者の25.4%にとどまりました。さらに削減できた時間の約6割は別の仕事に回り、その大半が日常業務に充てられています。

個々のタスクは速くなっているのに、仕事全体のスループットはそれほど変わっていない。AIで浮いた時間でさらに資料を作り、メールの返信を増やす。一つの作業にかかる時間は短縮されたのに、私たちは相変わらず忙しいままです。

現場を見渡せば、以前と変わらない風景も残っています。同じ情報の重複転記、資料探しの手間、特定の担当者に依存した業務、人手不足による妥協。一つひとつの作業をスピードアップさせるだけでは、仕事そのものの構造は変わりません。

では、私たちはこの技術を何のために使うべきなのでしょうか。

道具は、人間の制約を緩めてきた

人間はこれまで、道具によってできることを広げてきました。包丁は手で切れなかったものを切り、火はそのままでは食べられないものを糧に変え、自動車は足で行けない距離を縮めました。

では、AIは何を拡張する道具なのでしょうか。私は、「思考に要していた人間の時間」という制約を大幅に緩める道具なのだと考えています。

読む、聞く、探す、整理する、比較する、分析する、書く、説明する。これまでは、その一つひとつに誰かの有限な時間が必要でした。人の時間に限りがあるからこそ、私たちはこれまで多くのことを諦めてきたのです。

「仕方がない」は、いつのまにか「当たり前」になる

「人が足りないから仕方がない」
「小さな組織だから専門職は置けない」
「忙しくて顧客一人ひとりにそこまで向き合えない」

こうした「仕方がない」は、怠慢から生じたものではありません。当時の技術やコスト、限られたリソースを前提にすれば、本当に仕方のない選択だったはずです。

しかし、「仕方がない」には厄介な性質があります。長く続くうちに「仕方がない」とすら感じなくなり、ただの「日常の業務手順」へと溶け込んでしまうことです。何を諦めていたのかすら忘れ、それが当たり前になる。

こうなると、いくら技術が進歩してもAIを使おうという発想自体が生まれません。
問題だと認識されていないものは、解決の対象にならないからです。

前提を疑う

ここで1つ、私たちが支援した自治体の水道窓口業務事例を紹介します。

水道の開閉栓は、引っ越しのたびに発生します。ただでさえ慌ただしい時期に、わざわざ平日に市役所へ足を運ぶ。「契約や精算があるのだから、対面手続きは仕方ない」。それが長年の当たり前でした。そこで公式LINEから申請・電子決済まで完結する仕組みをつくり、来庁の手間そのものをなくしました。

しかし、バックヤードにはもう一つの「仕方ない」が残っていました。住民が入力した住所と台帳データの照合です。住所には無数の表記揺れがあり、従来のシステムでの自動照合率はわずか約1%。残り99%は職員が1件ずつ目視で確認しており、「手作業も業務の一部」として受け入れられていたのです。ここにAIを組み合わせた照合の仕組みを導入したことで、自動照合率は約80%まで向上しました。結果的に、住民がわざわざ役所へ行かなくてよくなり、職員も膨大な目視確認から解放されました。

製造業のお客様では、AI-OCRによる注文書PDFの自動読取・受注登録機能を実装し、受注登録の作業時間を83%削減しました。何十年も「仕方ないので当たり前」だった作業です。

膨大な図面から必要な1枚を探す作業も同じです。「あの人に聞かないと分からない」「探すのに半日かかる」という日常も、情報を適切に構造化してAIで引き出せるようになれば、その前提ごと覆すことができます。

劇的に世界を変えるような派手さはありません。しかし現場にとっては、長年無意識に縛られていた「当たり前」が一つ消える大きな転換です。AIがもたらす本質的な変化とは、「今までできなかったことができるようになる」以上に、「仕方がないと思っていたことが、仕方がなくなくなる」 ことではないでしょうか。

技術が変わったからこそ、もう一度問い直す

では、業務に埋もれた「仕方がない」に誰が気づけるのか。

日々の業務に真面目に向き合っている人ほど、現行の枠組みの中で改善しようと努めます。だからこそ「そもそもこの仕事は必要なのか」「やり方そのものを根底から変えられないか」という問いは、現場からは生まれにくいものです。

ここに、経営者やリーダーの役割があります。業務の目的そのものを俯瞰し、全体をデザインし直せる立場にいるからです。

AIによって作業が10分速くなること以上に価値があるのは、過去の制約を疑い、仕事そのものを再定義することです。かつて人手不足やコストを理由に諦めた理想が、誰にでもあるはずです。

  • 顧客一人ひとりへもっと丁寧に向き合いたかった
  • 煩雑な作業をなくし、本来価値を生む仕事に集中させたかった
  • 業界の課題を解決するために取り組みたかった
  • 現場が無理をせず誇りを持って働ける環境を作りたかった

今「仕方がない」と握っているその諦めは、過去の前提に縛られたものにすぎません。包丁が何を切るかを決めないように、自動車がどこへ行くかを決めないように、AIもまた「どんな会社をつくるべきか」までは指示してくれません。決めるのは人間です。

「本当に、今も仕方がないんだっけ?」

個々の作業を効率化するだけの日常から抜け出す鍵は、このシンプルな問いをもう一度自分たちに投げかけることにあるはずです。

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田邉 耕平(たなべ こうへい)
C-table株式会社 代表取締役

山梨県都留市出身。ソニーグループ、Webコンサルティング企業、エムスリーでデジタルマーケティングとプラットフォーム開発に携わる。2016年に都留へUターンし、2017年にC-tableを設立。地方の中小企業や自治体に、AI導入・システム開発を通じた業務や事業変化を伴走支援している。一般社団法人まちのtoolbox 理事。